清水のドールブログです





JKを称えよ!!!!
あー・・・美しい・・・美しすぎる
このような美少女像を、目の当たりにする事が出来るなんて、感謝せざるをえない。
私の大好きな黒髪ロングの美少女が、制服をはだけさせて元気に笑顔で健康的。
最高。
ドールは何も言わず、ただ、能力を発揮するのみ。それがいい・・・何も要求してこない。
癒し。それだけである。
創作活動の素晴らしさを、今、実感している。
ドルカツも、創作活動です。
自分の萌えを可視化する。
使う道具が違うだけで、私のやってることはイラストを描いて発表するのとそう変わらない。
ジョジョ読んだことある人はどれだけいるだろう。
ジョジョにはマネジメントの「基本と原則」がたくさん描かれている。
プッチ神父が、「自分の正義を人に強要する」という純然たるドス黒い悪として描かれている。
けど、そんなプッチ神父のように人を殺すとはいかなくても、あなたや私の身の回りには
「自分の正義を人に強要する人」が、たくさん居ます。
自分が正しいと信じて疑わず、それを人に強要・強制(矯正)しようとしてくるひとが、たくさん居ます。
真摯さが欠如している。
さような人たちは、人の良さを生かさない。人の良さを殺す。つまり人を殺す。
人が人に指摘できる唯一の弱みは、真摯さの欠如だけです。
今日も疲れました。
だけど、少し前進したような気がする。
私は間違っているかもしれない。
だが、成果はあがっている。
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ふともも・パラダイス
あああああ~・・・・JKのふとももの海に溺れて溺死したい・・・
いや・・・・いやだ!まだ死にたくない!いやだよおおおおお!!!!
もっとこのふとももの海で遊ぶんだ・・・遊ぶんだよぉおお~っ!!!!
夢ちゃん小顔すぎて、アンズの顔がデカく見えてワロタwww
美少女二人を用意して、ふともも並べてぷるんぷるんするの最高に楽しいね。
ドールだからこそ出来る夢のような景色ですよ。
可愛い女の子をいつでもそばに常駐させることができるのがドールのいいところ。
笑顔の女の子は癒しだ・・・
仕事で疲れて帰って来ても、笑顔で可愛い女の子のお顔を見れば、強制的に癒されるからすごい。
ドールの「カワイイ」は受け手が居て初めて成立する。
ここには私を喜ばせるためだけに揃えられた極上の女の子達が並んでいる。
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おぱんつ最高っすなあ
アンズが可愛い・・・我が究極の理想少女。
女子高生のおぱんつを好きなだけ摂取できるのは、ドールだけ。
自宅でさようにしておぱんつを摂取できるの、ほんといい時代になった。
ドルフィードリームは男の劣情を煽るボディラインをしている。
DD3のいいところは、このおしりのラインです。
具体的に言うと、このふとももパーツのおしり造形が素晴らしい。
DDSだと、なんかお尻のラインがはいってて気になるんですよね。黄金の曲線が失われている。
成果を上げる者に共通しているのは、「成果を上げている」ことだけだった。
とはいえ、成果を上げる者は、その「成果をあげる事」そのものが既に習慣になっていた。
我々も望むなら、成果をあげる事を習慣付けることによって 身に着けることは可能である。
だが、重要なのは「望むこと」である。
「成果を上げる意欲」があるかどうかである。
「成果をあげたい」という欲求があるかどうかは・・・自分の人生が終わることを知っている者だけが気が付く。
人は確かにいつか死ぬ。だがほとんどの人は自覚していない。ただ恐怖だけしか感じない。
自分の人生は何か。自分はどのようにして死ぬか。どのような人生にするか。どんな人生であるべきか。
自らの定義を徹底的に検討し、答えを出すことで初めて どのように死を迎えるか、死を受け入れることが出来るようになる。
そうすれば、残りの人生、そううかうかしていられない。
何かを成せるうちに、残せるうちに「成果をあげたくなる」
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うちのこ全員 制服合わせ
見てください。こはるちゃんをお迎えした2014年11月時点で、全うちのこ制服合わせです。
なのでみちるちゃんは居ませんw
アンズと愛チャンに関しては、別バージョンも写しています。
増えましたな。
ドールを始めてから毎年7人づつお迎えしてれば、そりゃあ増えますな。
誰だってみんな「最初はこの子だけのつもりだったんだよ!」って言うんだ。
うちのこ全員大好きです。
アンズは特別扱いです。
彼女らはみんなアンズの側面です。
かおるちゃんをお迎えする以前は、できるだけ全員バランスよく撮影することが美徳だと思っていました。
ドールたくさんお迎えして、しかもほぼ全員まんべんなく撮影している人を見て、憧れたからです。
だが、かおるちゃんをお迎えして以降のMDDのあまりの可愛さに、それからはMDDが中心になりました。
これはかつての子たちに飽きたわけではありません。
今でもそのお顔を見ると、可愛くて「お迎えしてよかった」と思えます。
単に強みを集中した結果なだけなのです。
今、私自身が「好きだなあ」と感じている事に、素直に集中すべきだと思ったからです。
それは、ドールを可愛がること・・・つまりドールに対するスタンスが明らかだったからです。
私にとってのドールは「理想少女の可視化」「私の究極の理想少女はアンズである」
その表現方法すら、かつてはイラスト、今はドール、と変わっていったくらいです。
無理に自分に縛りを設けてドールを撮影しても、それは楽しくないからです。
所有しているドールをまんべんなく、可愛がっても
所有しているドールのうち、何人かを集中して可愛がっても
単に成果をあげる方法に違いがあるだけで、それはどちらがより良いという事ではない事に気がつきました。
そう、これはまさにドラッカーの言う「規模において、最大でなく、最適を目指せ」という言葉通りなのです。
ドラッカーが言ってるのは、こうしたらいいよ、という話ではなく
成果があがる時に共通している普遍的な内容を見つけただけなのです。
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